Research_05 of LMMHS

雄性生殖系におけるsPLA2ネットワークの解明


 本研究は、sPLA2ファミリーによる精子の成熟と機能の時空間的な制御機構を世界で初めて解明したものであり、「Journal of Clinical Investigation」に連報で掲載された。

(1)sPLA2-IIIと精子成熟
Sato, H., Taketomi, Y., Isogai, Y., Miki, Y., Yamamoto, K., Masuda, S., Hosono, T., Arata, S., Ishikawa, Y., Ishii, T., Kobayashi, T., Nakanishi, H., Ikeda, K., Taguchi, R., Hara, S., Kudo, I., and Murakami, M.
Group III secreted phospholipase A2 regulates epididymal sperm maturation and fertility in mice.
J. Clin. Invest., 120, 1400-1414, 2010

(2)sPLA2-Xと精子活性化
Escoffier, J., Jemel, I., Tanemoto, A., Taketomi, Y., Payre, C., Coatrieux, C., Sato, H., Yamamoto, K., Masuda, S., Pernet-Gallay, K., Pierre, V., Hara, S., Murakami, M., De Waard, M., Lambeau, G., and Arnoult, C.
Group X phospholipase A2 is released during sperm acrosome reaction and controls fertility outcome in mice.
J. Clin. Invest., 120, 1415-1428, 2010

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(1)sPLA2-IIIと精子成熟

 我々は、全sPLA2ノックアウトマウスの繁殖成績から、sPLA2-III KOマウスの雄が著しい繁殖異常を示すことを見出した。野生型(WT)マウスでは、sPLA2-IIIは精巣の支持細胞(セルトリ細胞とライディッヒ細胞)と精巣上体頭部の管腔上皮細胞に発現していた(図1)。sPLA2-III KOマウスの精巣上体尾部より得た精子は、数は正常であったが、WTマウスの精子と比べて運動性が著しく低下していた(図2)。このためKO精子は卵子の透明体を通過する推進力が弱く、受精率が顕著に低下することが判明した(図3)。また、KO精子ではWT精子と比べてATP量やチロシンリン酸化が顕著に減少しており(図4)、鞭毛軸索微小管の対照リング構造が損なわれていた(図5)。そしてこれらの異常は、精巣ではなく、KO精子が精巣上体を通過する間に生じていた。精巣で作られた精子細胞は機能的に未成熟であり、精巣上体を通過する際に成熟して運動性を獲得する。この際に、精子の膜リン脂質に脂肪酸の劇的なリモデリングが起こり、オレイン酸、アラキドン酸などの不飽和脂肪酸からドコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸などの超高度不飽和脂肪酸に置き換わる。sPLA2-III KOマウスの精巣上体では、この精子の成熟に伴う膜リン脂質の脂肪酸リモデリングが大きく損なわれており、ドコサペンタエン酸、ドコサヘキサエン酸の少ない異常精子となっていることが判明した(図6)。したがって、sPLA2-III は精巣上体の管腔上皮細胞から分泌されて内腔を通過する精子の膜リン脂質の脂肪酸リモデリングを制御しており、この代謝系の破綻が精子成熟不全を導くものと結論した(図7)。


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(2)sPLA2-Xと精子活性化

 精巣上体から射精された精子は、capacitationと呼ばれる活性化反応とそれに続くアクロソーム反応(尖体放出反応)を経て,初めて卵子と受精可能になる。我々は、精子尖端部(アクロソーム)にsPLA2-Xが発現しており、アクロソーム反応(精子の脱顆粒反応)により分泌されることを見出した(図8)。sPLA2-X KOマウスの精子は、精巣での精子形成ならびに精巣上体での精子成熟は正常であったが、アクロソーム反応が低下しており、その結果卵子との体外受精率が低下することがわかった(図9)。また、WTマウスの精子にsPLA2-Xの阻害剤あるいは特異抗体を添加すると、卵子との受精率がKOマウスと同程度のレベルまで低下した。この時にリコンビナントsPLA2-Xまたはその代謝産物であるリゾホスファチジルコリンを添加すると、受精率が回復した。したがって、sPLA2-X は精巣上体以降のステップ(生理的には子宮内)における精子の活性化を促進する機能を持つものと結論した。


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 以上の結果より、精巣で作られた精子は、sPLA2-III による精巣上体での機能的成熟、sPLA2-X による雌性生殖器内での活性化、の2段階の制御を受け、卵子との受精が可能になるものと考えられる(図10)。この結果は、雄性生殖器内の異なるニッチに発現している2種のsPLA2アイソザイム(精巣上体管腔細胞のsPLA2-III と精子アクロソームのsPLA2-X)により「生殖」という生命の継続性に必須の現象が時空間的に制御を受けていることを初めて明らかにしたものである。この研究成果は、生殖における脂質の重要性を裏付けるのみならず、不妊症の診断や避妊薬の開に役立つものと考えられる。


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