Research_20 of LMMHS

大動脈解離を抑制するリン脂質代謝:大動脈内皮細胞に発現するsPLA2-Vの新しい役割


 大動脈解離は大動脈壁の中膜が突然破断することで発症する、重篤で予後不良の疾患である。大動脈解離の対処は発症後の外科的処置に限られており、必ずしも予後良好とは言えず、発症機序の解明と予防法の開発が急務である。病変部位における細胞外マトリックスの脆弱性が発症の一因と考えられているが、病態を反映した簡便な動物モデルが存在せず、発症機序に関して不明な点が多い。今回、我々は分泌性ホスホリパーゼA2(sPLA2)の一種であるsPLA2-Vを起点とするリン脂質代謝が大動脈解離の発症を抑制することを発見した。

Watanabe, K., Taketomi, Y., Miki, Y., Kugiyama, K., Murakami, M.
Endothelial group V secreted phospholipase A2 plays a protective role against aortic dissection.
J. Biol. Chem., 295, 10092-10111, 2020

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 全身性及び血管内皮細胞特異的にsPLA2-Vを欠損させたマウスは、Angiotensin II(AT-II)誘発性の大動脈解離を高率に発症した(図1)。その機序として、1)sPLA2-Vは大動脈血管内皮細胞に構成的に高発現しており、ヘパラン硫酸への結合を介して内皮細胞表面に存在していること、2)sPLA2-VはAT-II刺激を受けた大動脈壁の細胞膜リン脂質を分解してオレイン酸およびリノール酸を遊離すること、3)これらの不飽和脂肪酸が大動脈平滑筋におけるLysyl oxidase(LOX:細胞外マトリックスを架橋することで大動脈壁を安定化させる酵素)の発現を促進することで大動脈解離を抑制することを明らかにした(図2)。AT-II刺激により発現誘導されたTGF-βは大動脈平滑筋細胞に小胞体ストレス応答を誘導するが、オレイン酸およびリノール酸はこの小胞体ストレスを軽減し、その下流にある転写因子GATA3によるLOXの発現抑制を解除することで、LOXの発現を促進することがわかった。sPLA2-V欠損マウスに高オレイン酸食または高リノール酸食を与えると、大動脈解離の表現型が正常に回復した。
 sPLA2-V欠損マウスは、簡便な処置で高頻度に大動脈解離を誘発できる、リン脂質代謝に関連した世界初の心血管病モデルと言える。オレイン酸に富むオリーブ油を多く含む地中海食は血管の健康に良い影響を及ぼすと一般に言われているが、本研究はこの分子機序の一部を提供するものである。本研究結果から、sPLA2-Vを起点とするリン脂質代謝は大動脈解離の新しい創薬標的として有用であると考えられる。


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