Research_21 of LMMHS

生活習慣病を誘導するプロスタグランジン経路の発見:抗メタボ薬の候補としてアスピリンやEP4拮抗薬の新たな効能に期待


 国立大学法人熊本大学生命科学研究部杉本幸彦教授、稲住知明助教らの研究グループ、国立大学法人熊本大学生命科学研究部猿渡淳二教授、尾池雄一教授、佐々木裕名誉教授、日本赤十字社熊本健康管理センター緒方康博名誉所長らとの共同研究により、脂肪組織で産生される生理活性脂質プロスタグランジン(PG)E2が、その受容体EP4を介して脂肪分解と線維化を促進し、肝臓への異所性脂肪の蓄積を引き起こして糖尿病などの生活習慣病の発症を促すことを世界で初めて明らかにし、本経路がヒトでも同様に働く可能性を示した。本成果に基づき、アスピリンやEP4拮抗薬は、脂肪組織でのEP4の働きを弱め、生活習慣病の予防・治療に効果を発揮することが期待される。

Inazumi, T., Yamada, K., Shirata, N., Sato, H., Taketomi, Y., Morita, K., Hohjoh, H., Tsuchiya, S., Oniki, K., Watanabe, T., Sasaki, Y., Oike, Y., Ogata, Y., Saruwatari, J., Murakami, M., Sugimoto, Y.
Prostaglandin E2-EP4 axis promotes lipolysis and fibrosis in adipose tissue leading to ectopic fat deposition and insulin resistance.
Cell Reports, 33, 108265, 2020

AMEDプレス発表はこちら(2020/10/14)


1. 背景
 脂肪組織は、過剰なエネルギーを貯蔵する組織であり、絶えず脂肪の合成と分解が行われ、両者のバランスで脂肪蓄積量が決まる。最近の研究で、脂肪組織の線維化によって脂肪細胞が脂肪を蓄積できなくなると、脂肪分解が進み、肝臓に異所性脂肪が蓄積し(脂肪肝)、インスリン抵抗性が引き起こされることがわかってきた。これまで、脂肪分解は絶食時に放出されるグルカゴンや、低温暴露で分泌されるエピネフリンによって促進されることが知られていましたが、他にどのような刺激で促進されるのかは不明であった。また脂肪組織の線維化はどのような制御を受けるのかについても未解明であった。

2. 研究の概要
 本研究では、脂肪細胞の機能に影響を与えるPG受容体を同定するため、8種類のPG受容体欠損マウスを比較した。その結果、PGE2受容体に一つであるEP4を欠損したマウスは、白色脂肪組織(WAT)の重量が増加するものの、肝脂肪の蓄積が少なくインスリン感受性も高い「代謝健康肥満」の表現型を示した(図1のA~E)。脂肪細胞特異的EP4欠損マウスやEP4作動薬を用いた一連の研究により、摂食時のインスリン刺激がWATのEP4経路を動かし、脂肪リパーゼ関連分子を介して脂肪分解を促進すること、また、EP4経路はコラーゲンの発現亢進によりWATの線維化を促進することを発見した(図2)。つまり、摂食(インスリン)刺激がWATのEP4経路を活性化し、脂肪分解と線維化をともに促すことを見いだした。このEP4の作用は、元来絶食から再摂食への個体の環境適応に寄与する一方、現代の飽食環境においては、摂食の度にEP4が脂肪分解と線維化を亢進させ、糖尿病など生活習慣病の発症を招くと考えられる。さらに、ヒトEP4発現量と相関する一塩基多型を同定し、EP4発現の低い人は非アルコール性脂肪肝に罹患しにくいこと、また脂肪肝患者では、EP4発現が低いと血中脂肪酸量も低く、脂肪分解が低く抑えられていることを発見した(図1のF、G)。本知見は、ヒトでもEP4が脂肪分解を促して脂肪肝や糖尿病の発症を促す可能性を強く示唆するものである。

3. 今後の展望
 本研究は、脂肪肝や糖尿病の発症機構に関する新たな学術的理解を与えるとともに、摂食が生活習慣病を誘導する新しいメカニズムの一端を解明したものである。アスピリンやEP4拮抗薬は、脂肪組織でのEP4の働きを弱め、生活習慣病の予防・治療に効果を発揮することが期待できる。さらに今回同定したヒトEP4遺伝子の一塩基多型は、EP4が関与する疾患の予防や治療法の選択に有益なバイオマーカーとしての応用が期待される。


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図1. EP4経路の減弱は「代謝健康肥満」を呈する.
EP4欠損(KO)マウスは、野生型(WT)に比べて脂肪組織重量が亢進(A)して肥満となるが、脂肪分解による血中脂肪酸(B)や肝脂肪量(C)は低く、インスリン応答性も高い(D)。さらに脂肪組織のコラーゲン線維化も低く抑えられ(E, 矢印)、「代謝健康肥満」と考えられる。ヒトEP4遺伝子の一塩基多型解析に基づきEP4高発現者と低発現者にグループ分けしたところ、EP4発現が低いと脂肪肝になりにくく(F)、脂肪肝患者でもEP4発現が低いと血中脂肪酸レベルは低い(G)ことがわかった。

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図2. 摂食/インスリンは脂肪組織のEP4経路を動かし、脂肪分解と線維化を介して肝脂肪や生活習慣病を促す.
(左)食事で分泌されるインスリンは脂肪分解を抑制するが、同時に脂肪組織のEP4経路を活性化する。本経路は脂肪分解とコラーゲン線維化を促し、肝脂肪やインスリン抵抗性を引き起こす。 (右)EP4欠損やEP4発現の低いヒトでは、本経路減弱により脂肪分解レベルや肝脂肪量が低く抑えられる。アスピリンやEP4拮抗薬でEP4の働きを弱めれば、生活習慣病の予防・治療に繋がることが期待される。

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