肥満の新しい調節メカニズムの発見
本研究は国立研究開発法人医薬基盤研究所(NIBIO)の國澤純副所長、慶應大学薬学部の有田誠教授らとの共同研究により、大腸に発現している脂質代謝酵素であるX 型分泌性ホスホリパーゼA2が腸内細菌叢の調節を介して全身の代謝に影響を及ぼすことを世界に先駆けて解明しました。
Hiroyasu Sato, Yoshitaka Taketomi, Remi Murase, Jonguk Park, Koji Hosomi, Takayuki Jujo Sanada, Kenji Mizuguchi, Makoto Arita, Jun Kunisawa, and Makoto Murakami*
Group X phospholipase A2 links colonic lipid homeostasis to systemic metabolism via host-microbiota interaction
Cell Reports. 2024
東大プレス発表はこちら (2024/09/25)
発表のポイント
◆大腸に発現している脂質代謝酵素sPLA2-X の遺伝子を破壊したマウス(sPLA2-X 欠損マウス)は飼育環境によって太りやすい体質を示しますが、その要因は不明でした。
◆sPLA2-X は大腸において体に優しいオメガ3脂肪酸を遊離して腸内環境を整え、腸内細菌叢の中に善玉菌を増やすことがわかりました。
◆sPLA2-X 欠損マウスでは善玉菌が産生する短鎖脂肪酸が減少しており、これを欠損マウスに補充すると、太りやすい体質が正常に戻りました。
◆本研究は、大腸の脂質代謝酵素による肥満の新しい調節メカニズムを明らかにしたものです。
1)研究の背景
腸内細菌叢は私たちの健康に大きな影響を及ぼします。脂肪を多く含む食事(高脂肪食)を過剰に摂取すると肥満になりますが、この時に腸内細菌叢の組成も大きく変化します。腸内細菌叢が悪玉菌優位に変わると大腸に慢性的な炎症が生じ、大腸上皮のバリア機能が乱れる結果、遠隔の臓器(例えば脂肪組織や肝臓)にも慢性炎症が広がり、肥満や2型糖尿病が悪化する原因となります。分泌性のリン脂質分解酵素の一つであるX 型分泌性ホスホリパーゼA2(sPLA2-X)は大腸の上皮細胞に高発現していますが、それ以外の臓器にはほとんど発現していません。
私たちの研究チームは、sPLA2-X の遺伝子を破壊したマウス(sPLA2-X 欠損マウス)に高脂肪食を与えると野生型マウスよりも太りやすいことを見出しました。しかしながら、なぜ大腸に限局して発現している分泌性の脂質分解酵素が肥満に影響を与えるのかは不明でした。
2)研究内容
sPLA2-X 欠損マウスに高脂肪食を与えると、野生型マウスと比べて肥満が増悪しました(図1A)。sPLA2-X の主要発現部位である大腸では炎症マーカーの発現が増加していました。sPLA2-Xが大腸の脂質代謝を調節していることを想定し、リピドミクスによってsPLA2-X 欠損マウスの大腸の脂質を網羅的に分析したところ、オメガ3脂肪酸が野生型マウスと比べて減少していました(図1B)。欠損マウスにオメガ3脂肪酸を多く含む餌を与えて飼育すると、太りやすい体質は解消しました。このことから、sPLA2-X は大腸のリン脂質を分解し、抗炎症性の脂質として知られるオメガ3脂肪酸を遊離することで大腸の炎症を防ぎ、肥満に対して防御的に働くことがわかりました。
興味深いことに、sPLA2-X 欠損マウスの肥満増悪の表現型は、野生型マウスと欠損マウスを同じケージ内で飼育して腸内容物(糞便)を相互交換した場合や、抗生物質を与えて体内の微生物を一掃した場合には消失しました。この結果は、腸内細菌叢の変容が欠損マウスの肥満の表現型の要因となっていることを示唆しています。そこで、欠損マウスの腸内細菌叢を野生型マウスと比較したところ、クロストリジウム属の一部の細菌が欠損マウスで減少していました(図2A)。クロストリジウム属の細菌は食物繊維を代謝して短鎖脂肪酸を産生することが知られています。そこで、糞便および血液中の短鎖脂肪酸を測定したところ、欠損マウスでは野生型マウスと比べて短鎖脂肪酸が減少していました(図2B)。短鎖脂肪酸には抗炎症作用や代謝改善作用があることから、短鎖脂肪酸を含む飲水を欠損マウスに与えたところ、肥満増悪の表現型は消失しました。さらに、オメガ3脂肪酸を与えたマウスの糞便では短鎖脂肪酸が増加していました。
以上の結果から、sPLA2-X 欠損マウスが太りやすい理由として、以下のメカニズムが考えられます。sPLA2-X は大腸においてリン脂質からオメガ3脂肪酸を遊離します。オメガ3脂肪酸の作用により、腸内細菌叢の中に善玉菌であるクロストリジウム属が増えます。その結果、クロストリジウム属が産生する短鎖脂肪酸の抗炎症・代謝改善作用により、肥満が抑えられます。sPLA2-X 欠損マウスはこのプロセスが破綻するため、太りやすい体質となります。
3)本成果の意義・今後の展開
本研究は、大腸に発現している脂質代謝酵素sPLA2-X が、腸内細菌叢の修飾を介して、全身の代謝に二次的な影響を及ぼすことを示しており、腸内細菌叢の重要性を再確認するとともに、分泌性ホスホリパーゼA2 の動作原理に関する新しい側面を明らかとしたものです。